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演奏会
  「佐渡裕指揮ベルリン・ドイツ響札幌公演」
 第2次大戦終結の翌年、46年に創立した時はRIAS交響楽団といっていた。オーケストラは指揮者次第、といわれる通り、フリッチャイ、マゼールで実力人気を不動にし、東西ドイツの統一を期に今のベルリン・ドイツ交響楽団と名前が変ったのが93年だ。
 2000年に首席指揮者兼芸術監督になったケント・ナガノの指揮で、今回の演奏会場キタラに登場したのがナガノ就任の前年99年10月で、モーツァルトの交響曲第40番と、R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」だったと記憶する。
 スター・プレーヤーなど目立たなくとも、全員強者揃い、特に壮大な響きの醸成に長けた弦楽器群が印象的で、大先輩ベルリンフィルやシュターツカペレに伍して、音楽大国ドイツの首都にふさわしい第1級のオケであることを明らかにして行った。
 オケは確かに指揮者次第といえる。今夜の佐渡裕は既に3枚のCDでこのオケとの相性の良さを世界に知らしめている。5月に初めて振ったベルリンフィルの定期演奏会が予想通り以上の好演だったこともあり、最近の当地では珍しく売出しから間もなく全席完売となっていたのが心強い。
 当地では12年ぶりになるベルリン・ドイツ響公演だが、「レオノーレ」第3番、モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、チャイコフスキー/交響曲第5番―――代えすがえすも残念だが、体調不良で行けなくなった。持病の心臓疾患ではなく肺炎をおそれたため直前断念。5歳年下の参院議長が肺炎で急死したというニュースも、強行を思いとどまらせた一因かも知れない。
 この数年、病状の悪化を懸念して直前断念を余義なくされることが一度ならずあった。今春のムターのように来日中止という残念無念極りないこともあったが、先月のゲルバーに続いて、こちらの健康がもとで聴けないというのも遣り切れない。ワーグナーの「ベートーヴェン参り」を読んだ人はよく判ると思うが期待している演奏会というのは、事前にその音楽が身体の中で鳴っている。気の合った友人と一献酌み交すとき、その前から既に微醺を帯びるのによく似ているというが・・・・。
 今頃は序曲と協奏曲が終って休憩後の交響曲が始ろうとしている頃か、など甚だ心が穏やかではない。胸の軽い炎症感も雲散霧消したことだし、矢張り未練がましい気が捨て切れない。キタラの気に入っている2階CB1列9番を用意してもらっていたのに、主催者や、完売で諦めざるをえなかった熱心なファンにも申訳ない。ピアノのボジャノフも聴きたかった。
 19年前には「英雄の生涯」が終って、アンコールなし。充分な満足感を抱いて中島公園の中を帰路についた、ことを今思い出した。これから暫く冬の寒さを避けてコンサート行きを控えねばならない季節になる。いわばオレ流のコンサート通いシーズンオフ?に入る。来春には体調を万全管理して、また聴きに行きたい。
(11月6日午後4時・記)
category:演奏会, 09:41
演奏会
  「来年も聴かねばなるまい」
   PMFオーケストラ札幌公演
 ハンプソンが札幌で初めて歌ったのは、このPMF第1回目だったと記憶する。ティルソン=トーマスがピアノを弾いても、新進指揮者として辛うじて承知していた札幌の聴衆は、ハンプソンも禄に知らなかったことでもあり、小さなホールですら空席が目立つ有様だった。
 あれから21年、ハンプソンの広大なレパートリーと超華麗な協演者、夥しい量のCD、DVD等で、世界屈指のバリトンであることを知らぬ者はいない。ティルソン=トーマスの知名度も天井知らずの高まりようで、ピアノの名手としてもよく知られるようになった。
 今回のPMFオーケストラ札幌公演は、このハンプソンがマーラーの「リュッケルトの詩による歌」と「亡き子を偲ぶ歌」を披露、指揮はもちろん音楽監督のファビオ・ルイジ。休憩のあと同じくマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ルイジのマーラー特集日である。
 ハンプソンの客観的だった歌唱が、幾分感情移入が強くなり、相変らず闊達で流麗な発声が聞き手を大きく包み込む。ルイジの薫陶が大いに奏功してオケは精度高く陰影の表現も柔軟、常に演奏する意欲と喜びに満ちて溢れている。「詩による歌」も「偲ぶ歌」もホルンが実に上質だ。以前にデ・ワールトで「指環あれこれ」をやった時と双璧ではないか。ほかのセクションも皆、実に清々しい。
 選曲についてはメインの「偲ぶ歌」と同工異曲とは言わぬまでも「詩による歌」にかえて、「さすらう若人の歌」を持ってきたい。当然別の日の一回追加となり、ハンプソンの日程とか予算など、一聴衆の預り知らぬ難しさがあるはずだが、第1回目の演奏家再演でもあり、実現できていれば素晴らしかった。
 交響曲でPMFファカルティが入り、前半の14型が2回り以上大編成になる。響きの押し出しが良くなっても歪み濁りがないのは、楽員の腕と耳の水準が高いことを示すが、ルイジがトレーナーとしても秀れていることも示す。
 PMFでのこの交響曲は、以前にティルソン=トーマスでやり、米国オケかと驚く面白さがあった。今回は全く違う風景でヨーロッパ、というより矢張りラテンの表情が色濃い。テンポの多様性、表情の激しい変化。昨年はブルックナーの第7番で「聞いたこともない」経験で戸惑う聴衆が多数出たろうが、それとも違う、ルイジの個性が聴けたことになる。ルイジを初めて聴いたのはスイス・ロマンドとこの会場での演奏会だ。「この指揮者は今後絶対に目を話せない逸材だ」と新聞に書いた。
 満員で上質な聴衆が延々と拍手を続ける得難い一夜だったにつけても、先週のモーツァルト、ワーグナー、ブラームスを体調不良でドタキャンした身の不運を嘆かざるをえない。
 21年前のスタート時から可成り永い間、低迷期が続いたPMFの完全成長。来年も、ルイジ効果を満喫しにキタラ通いをせねばなるまい。
 蛇足的付記。PMFは定款に演奏家育成に加えて政治家育成も追加してほしい。永田町の総入替に夢を託したい。
    =7月30日、札幌コンサートホール「キタラ」=
(7月30日、午後10時50分・記)


category:演奏会, 10:26
演奏会
 「内外声部の特色とバランスの良さ」
  PMF/東京クヮルテット演奏会(札幌)
 パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル、通称PMFは90年に提唱者のバーンスタインが来札してスタートしている。今年は22回目になり、オープニング演奏会が9日に行われた。
 その2日後、東京クヮルテットが登場。ハイドン最晩年の秀作第81番ト長調で始り、ドヴォルザークの第12番ヘ長調「アメリカ」へと続く。
 第1ヴァイオリンとチェロが外国人、第2とヴィオラが日本人。メンバーの変更があったものの創立してすでに42年になる。
 外声部の2人が外向的社交的なのに対し、内声部の邦人は駄じゃれではなく、内省的だ。この対比がとても興味深い。異質などでは全くなく、すこぶる有機的に構成されている。作品の性質上、第1ヴァイオリン主導になるが、4者は全く同格で、それぞれ己の分を心得ている、その有りようが矢張り第1級だ。
 休憩を挟んでモーツァルトの弦楽五重奏曲第4番ト短調。ゲストの清水直子に一際拍手が高鳴る。第2ヴィオラに収って文字通り過不足がない。ベルリンフィルでソロヴィオラをシュトレーレと分担している日常のせいか、運弓の所作が大きい。音量も物理的にではなく、音楽的に大きい。
 アンコールに同/第5番ニ長調のメヌエットを。ハイドンとモーツァルトに挟まると、ドヴォルザークは如何にも甘っちょろい。大著名曲というので選曲したかも知れないが、モーツァルトをト短調の他に第5番なり第3番ハ長調なりを入れて、頭に「ひばり」でも「日の出」でも、というのはどうか。演奏者を含め、関係者は先刻承知な筈だが、ちょっと一言。
 バック・ステージと天井桟敷に客を入れないやり方で、残る席はほぼ満杯。よく心得た良質な聴衆。こういうところにも、21年22回積み重ねてきた成果がよく現れている。
 弦楽四重奏も、小ホールより大ホールの方が断然いい。
 
(=7月11日、札幌コンサートホール「キタラ」=
7月11日午後10時40分・記)

category:演奏会, 07:21
PMFオーケストラ演奏会
「空前絶後のブルックナー」
 当夜のタイトルは「サルート・トゥ・ショパン&ブルックナー」。ショパンは記念年だから送曲したのだろうが、ブルックナーの前に置くなら、同じ記念年のベートーヴェン、武満はともかく、シューマンの方が据わりがいいと思うのだが・・・。何か深いワケでもあるのか。
 第2協奏曲を弾いたリーズ・ドゥ・ラ・サールが出色。若いが実に強固な構築力だ。感傷で曇ることなど決してない。将来が非常に楽しみ。第3楽章、ホルンの2つのシグナルに、ルイジの情感がよく出て嬉しい。
 ブルックナーは第7番。ルイジが直近までドレスデン歌劇場のGMDとシュターツカペレ・ドレスデンの首席をしていたのはよく知られている通り。この名門オケとの第9番の録音もある。
 一週間前の「ラ・ボエーム」と同じ弦人数のショパンとは違って、ブルックナーは、かなり大編成にしてある。多分17・15・13・11・9くらい。何故か全セクション奇数なのが珍しい。
 例のPMFファカルティ・メンバーが入っていて、その効果絶大。皆が皆いつも腕が鳴るという勢いだ。ルイジが盛大に焚きつけると、米露大連合かと紛う極彩色の大高揚となる。
 会場には多くのブルックナー・ファンが詰めかけたろうが、こんなのは空前絶後、かつて「類似」のブルックナーを聴いたことがない、と目を丸くした向きが少くなかったのでは。
 「ラ・ボエーム」はオペラだから演奏正味2時間近く。当夜は2曲で100分を越える。教育音楽祭とあってか、毎夜毎夜長時間、聴く方もお疲れ様。
 PMFも20歳。立派なオトナになったのだから、演奏前のトークは、そろそろ卒業しては如何。でなければ、趣向をガラリと変えてみたら。
 7月31日キタラのあと翌8月1日芸術の森野外ステージ、3日大阪ザ・シンフォニーホール、4日東京サントリー・ホールでも。
(7月31日午後10時40分・記)
category:演奏会, 00:28
「演奏会」
PMFの「ラ・ボエーム」
 「作曲者が聴きたくなる」
 僕も聴きたかった。プッチーニが、きっとこう言うだろう。PMFのディレクターに就任したファビオ・ルイジの、まさに入魂の演奏であり、ホール・オペラならではの総べての音を堪能できる至福の2時間だった。
 オペラハウス体験から抜け切れない向きは、鳴らし過ぎと感じただろうが、当夜のオケは決して歌唱を覆い隠してはいない。オペラハウスでは聴きとれないような、作品の全貌を具に楽しめる意義は絶大だ。プッチーニも、一世紀後にホールオペラなるものが考え出されるとは思いもしなかっただろう。
 絶妙なバランス最大の功労者は勿論指揮者のルイジだが、歌い手達にも多大な敬意を払わねばなるまい。ゲスト・シンガーと表記しているロドルフォのコスミン・イフリムも、例のハイCにいたるまでスタミナ漲る張りのある歌唱だが、同じくゲストのミミ、グァンチュン・ウは既に世界のプリマとして通る極めてスケールが大きい逸材だ。他のPMFシンガーズと表記されている面々も、それぞれの役にふさわしい雰囲気を出し、アンサンブルも、対比の妙も、悪くない。
 札幌アカデミー合唱団とHBC少年少女合唱団は第1級指揮者に導かれ何皮もむけた水準を経験した。
 PMFファカルティ・メンバー10人が入ったとはいえ、今年もPMFオケは腕前の高さを十二分に示した。特に第4幕で指揮者が目指した多様多彩豊富な陰影の数々を、ものの見事に音化。これに舌を巻かなかった聴衆はいないだろう。
 いつもは超大編成のオケが当夜はオペラとあって現代の通常オケより一周り小さい14型。このホールなら、どんな作品でもこれで十分な音を創ることができる。1週間後のブルックナー第7が大変楽しみだ。
 大阪のブルックナーに加えて、キタラのラ・ボエームもCDにのこしたい。
 =札幌コンサートホール・キタラ7月24,25日公演ダブルキャストの初日を=
(7月24日午後10時50分・記)
category:演奏会, 06:27
演奏会
「ティルソン・トーマスの偉大さ」
PMFオーケストラ演奏会
 PMF恒例の東京大阪公演は27日大阪ザ・シンフォニーホール、29日東京サントリーホール。マイケル・ティルソン・トーマスの指揮で自作の「シンフォニック・ブラスのためのストリート・ソング」を頭において、マーラーの交響曲第5番だ。
 本拠地札幌公演は25,26の両日。2日目の日曜コンサートは札幌芸術の森・野外ステージ。
 PMFはマーラーを何回も採りあげてきている。99年の第1、00年の第3、02年の第9、03年の第6、そして、さる11日の第2を聴いてティルソン・トーマスの第1第3、ハイティンクの第9、ルイジの第6、エッシェンバッハの第2それぞれに完成度の高さを享受したのだが、図抜けた印象が第9なのは、ハイティンクの指揮もさることながら、やはり作品が他のどれにもまして優れているからだろう、と自問自答している。ほかの3人の指揮者にも、この第9を振ってもらったら、さぞや魅力的なコンサートになるのではないか。
 今回の第5は、あのラトルがベルリンフィルのシェフになった最初の定期で振るという特別扱いをされた曲だ。第9につぐ問題作ということなのかも知れない。
 ティルソン・トーマスのマーラーは第1、第3に続いて、今回も快演だ。切れ味の鋭い指揮に磨きがかかり、虚飾一切なし、無駄が全くない棒は、無機質に乾くことも全くない。最小限の所作から巨大な音楽も微細な音楽も意のままに出現する。
 ウィーンフィルの教授陣が入らない18型4管の若者たちの質の高さには舌を巻く。トランペット、ホルンの女性首席が何と素敵に輝いていたことか。
 MTT自作はホルン、トランペット各4にトロンボーン3、バス・テューバ1.多種多彩な響きを十二分に楽しめる10数分の佳品だが、今日的な翳りがない楽天的な音楽がマーラー5と、しっくり繋がったとは思えない。
 完売満席の聴衆が沸きに沸くのは気持ちがいいものだが、少し騒ぎ過ぎのキライがある。来年は20周年、ルイジがどんな音楽祭にしてくれるか。大勢が期待しているはずだ。
7月25日、札幌キタラ大ホール
谷口静司(25日・記)
category:演奏会, 12:55
演奏会
「19年の重みがはっきり」
PMFアニヴァーサリーオケ演奏会
 まず、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。あの、長大な序奏。響きを大切に大切に整え、すべてに亘って表情の陰影が実にこまやか。エッシェンバッハ特有の音楽を的確に理解して鮮やかに音化するオケ。
 PMFアニヴァーサリーオケと銘打った特別編成の65人は、この19年間で述べ2400人を超えるというPMFアカデミー修了生の選抜メンバーだ。14型に2管、中には超一流オケの首席として活躍している名手もいる。
 さて、ソリスト。エリック・シューマンは4年前エッシェンバッハ,シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭オケと来日して、その金沢公演のメンデルスゾーンを聴き、大変な逸材と感心したことがある。
 当夜のベートーヴェンは、内外の名ヴァイオリニストが、最高の重圧を感ずると口を揃える奥深い作品だ。8年前、このホールで、ロストロポーヴィチ指揮ロンドン響と協演したスナイダー(ズナイダーとも)に驚愕したことがある。26という年齢が信じられない、老成を全楽章から聴き取ることができた。
 その時のソリストと、当夜のシューマンはほぼ同年齢。兄たり難く弟たり難し、とでもいおうか。金沢から4年、成長の跡が誠にめざましい。
 休憩後はシューマンの交響曲第2番。PMFの開祖バーンスタインが第1回目にとりあげ、PMFの因縁めいた作品とされているようだ。
 このホールが97年に完成して幾らも経っていない頃、エッシェンバッハは、当時の手兵のひとつ北ドイツ放響とこの曲を演奏したと記憶し、第3楽章のアダージオが、情念が燃えたぎり、粘着力が強烈で、バーンスタインの影を感じたものだが、今回もまた、前後の3つの楽章とは少し違った風景を見せてくれた。
 来年は20年になるPMF。初期の永い低迷から見事に立ち直って、今や世界に胸を張っていい音楽祭に成長した。その象徴のひとつが、このアニヴァーサリーオケだ。出来れば一人一人の名前と現在のポストを印刷配布したらいい。
谷口静司(6日・記)
7月6日・札幌キタラ大ホール
category:演奏会, 20:33
演奏会
北海道二期会オペラ公演「ラ・ボエーム」
「地力向上、札幌の音楽家達を堪能」
 北海道二期会は、ホール・オペラにも熱心だ。これまで「トゥーランドット」、「修道女アンジェリカ」と「カヴァレリア・ルスティカーナ」を観たが、今回は「ラ・ボーエム」。皆ヴェリスモ・イタリアーノだが、これは単なる偶然だろう。
 ホール・オペラは、歌劇場がないから已むなくやるなんてものではなく、音がいいホールなら、歌劇場よりも音楽を堪能できる。サントリーホールが、以前からこれに力を入れているのは、ホール側の経営事情などではないのだ。ベルリンフィルも本拠ホールのフィルハーモニーで、コンセルトへボウ管弦楽団も、その名を載いている本拠ホールで、それぞれ羨むべき公演を成功させている。
 ワーグナーが自作を総合芸術として、歌劇と呼ぶのを嫌い、楽劇と称しているが、やはり音楽が最重要なことは自明だ。今回の「ラ・ボエーム」も緻密に書かれた巧妙なアンサンブルが最大の聴きものだから、キタラという非常に音が秀れているホールにふさわしい。
 地元勢のミミとムゼッタが可成りの高水準。客演のロドルフォ、マルチェッロも女声陣とバランスがいい人選。第3幕で若干乱れはしたが北海道二期会合唱団等の合唱も健闘。
 特筆すべきは札響。全4幕、清澄な響きと強い集中力を終始持続して、普段は余り手掛けない歌劇でも、並々ならぬ表現力を身につけていることが実に頼もしい。
 末廣誠の指揮が知的で過不足ない。作りもののボヘミアン風過剰情念で聴衆の御機嫌を伺う芸人ではない。起承転結が巧妙な2時間を見晴らしよく造型する。次回来年1月8・9日公演予定の「メリー・ウィドウ」も末廣指揮の由。聴かずばなるまい。
 演奏前のプロローグと銘打った寸劇には首を傾げざるをえないが、その後は秀逸。ステージの大半を占めるオケの後方に設営した小さな舞台。その後方、パイプオルガンの下に散開する合唱。客席から登場する歌い手、バンダ(札幌東陵高校ブラバン=優秀)。第3幕で前方天井と壁面を使った降りしきる雪の投影。募る恋心を強調する多数のペンライト(合唱団員達ご苦労さん)。三浦安浩演出にも大拍手。
 札響は定期でホール・オペラを毎シーズン少なくとも1回はやるべし。大勢入った反射鋭敏な聴衆も、多分同感してくれるにちがいない。
 2月15日、札幌キタラ大ホール。
谷口静司(15日・記)

category:演奏会, 23:58
演奏会
「札響のマチの聴衆を魅了」
オーケストラ・アンサンブル金沢 札幌公演
 オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が初めて当地で演奏したのは、キタラと呼ばれている札幌コンサートホールが出来てすぐ97年の9月だったと記憶する。
 初代音楽監督の岩城宏之指揮、諏訪内晶子ソロの演奏は、創立から9年という若さに似ず、成熟したアンサンブルではあったが、このホールを本拠とする御当地オケ札響の存在を意識してか、金沢で聴くのとは若干の固さが感じられた筈だ。
 今回は7日の金沢を皮切りに小杉、高松、横浜と回って、札幌のあとは盛岡、仙台、東京、御坊、福岡、広島と続く日本縦断楽旅という。
 岩城が生前から目をかけていた井上道義が岩城の死後第2代の音楽監督になり、11公演すべてを指揮し、ソリストも旭日昇天のアリス=紗良・オットという清新な組合せであり、曲目もエグモント序曲、皇帝、交響曲第7番、すべてベートーヴェンでもあり、2000人のホールがほぼ満席。めでたいニューイヤーコンサートになった。
 実数で8・6・4・4・2(後半は3)。大型オケの4割ほどだが、岩城時代と同様、音量不足は全く感じない。全曲を通じて響きの透明度が極めて高く、作品の仕組みが克明に聴きとれる。交響曲のみコントラバスが1人ふえる。5割増の威力十分。すごいエキストラだ。
 毎晩「皇帝」を弾くソリストは大変だが、適度の新解釈が好ましい。聴く度に向上が認められる紛れもない大才能の持ち主といってよい。
 昨春、尾高忠明指揮の紀尾井シンフォニエッタ東京が、この第7番をやったが、あの淡麗とは大きく異りヴォキャブラリー豊富、雄弁な表出を多とする聴衆が多い。果して大変な拍手。
 アンコールのトルコ行進曲(ベートーヴェン)も隈どり鮮やか。「篤姫」のテーマまで演奏するサーヴィス精神で、札響のマチの聴衆を魅了した。
 石川県人会も活発なことだし、今後定期的に来演し、岩城以来の独自企画、札響との合同演奏なども期待したくなった素敵な一夜。

1月15日、札幌キタラ大ホール。
谷口静司 (15日・記)
category:演奏会, 20:36
演奏会
「まぎれもなく極めて有能な演奏家」
外山啓介ピアノ・リサイタル
 84年札幌生。今秋芸大大学院修士課程からハノーファー音楽演劇大学に留学の予定とか。
 7月から8月にかけて沖縄から旭川まで、東京、名古屋、大阪を含む13都市でコンサート・ツアーを組む。
 サティーのジムノペディ第1番で始まり、ラヴェル、フォーレ、ドビュッシー3曲、ショパンのノクターン第1番からバラード第4番まで8曲。先日ハイブリッドCDで「インプレッションズ」と題してリリースした2枚目の録音とかなり共通した内容だ。当然十二分に消化されている。
 24才のまぎれもなく極めて有能な演奏家と断定できる。明晰だ。情感表現にふくよかな感受性が生きる。感傷に陥ることが全くない。弱音、最弱音でも響きの肉づきが痩せることがない。若い演奏家にありがちな、血気に逸って走ることもない。知情意兼備といっていいのかも知れない。時々高音の最強音で音色が荒くなるのは、年令とともに心技とも成熟して、自然に改善されるだろう。
 札幌出身の演奏家として図抜けた能力の持ち主で、可能性にも満ち溢れている。近い将来、この国を代表する、世界的な演奏家に育つことも考えられる。
 どうしても外せない所用のため、最後の2曲舟歌とバラード第4番は聴けなかった。後髪を引かれる思いを久しぶりに味った。
 満員の観衆。御当地のファン、子供づれ、学習してる子供達と思しい人々。普段とはかなり違う雰囲気。以前なら、当方の鑑賞に不都合をきたすことになったかも知れないが、今では大成長して、演奏中の客席に何の違和感も生じない。
 たとえば霞ヶ関・永田町の惨状を考えると、国民は勝手に向上していることになる。
 ドイツ留学中も時々帰国して、成熟のプロセスを楽しみたいものだ。

8月8日、札幌キタラ大ホール。
谷口静司(8日記)
category:演奏会, 18:11